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Ep.7 接近

作者: シエル
last update 公開日: 2026-06-24 07:08:22

昼食会の翌日、いつも通り昼休みにレイルと食堂《ダイニング・ホール》へ向かった。

皇族であるレイルの食事は、全て毒味が済んでからでなければ配膳されない。

もちろん、同じ席で食事をするダリウスの分も同じように用意される。

「レイル、セドリック!」

いつものようにダリウスとアーサンが手を振りながら、レイルたちの所へやって来た。

そしてその後ろには、何故かブライトン伯爵令嬢の姿も……。

「あの、ダリウス様たちからランチにお誘いされて……ご一緒してもよろしいですか?」

ブライトン伯爵令嬢は視線を下げ頬を赤らめてはにかんでいるが、既に注文した料理が乗ったトレイを持った上にダリウスたちが誘った令嬢を断るなど、周りへの印象を悪くするだ。

「もちろん、どうぞ」

一瞬レイルの眉がピクッと動いたが、それを気付かせることもなく微笑んで承諾を伝えた。

俺たちの向かい側の席にいつも通りに二人が座ると、その隣にブライトン伯爵令嬢がトレイを置き静かに腰を下ろした。

「あの、ご一緒できて嬉しいです!皆さんはお食事が準備されているんですね!」

「レイルは皇族だからね。毒味が済んだものじゃないと口に出来ない決まりでね。私たちも同じテーブルで食べるから一緒に用意されているんだ」

ブライトン伯爵令嬢はダリウスの言葉に一度瞳をキラキラ輝かせた後、しゅんとして俯いた。

「そうなんですね!でも……何か、私だけ場違いみたいですね……」

「これから毎日一緒に食べることにしたらいいんじゃないか?レイル、いいだろう?」

ダリウスがレイルに同意を求めたが、そもそも突然来たのだからブライトン伯爵令嬢の食事の用意がないのは当然の話だ。

アーサンは身分的に表立って『賛成』だと口には出さないが、こちらを見る表情は雄弁に語っている。

ブライトン伯爵令嬢はオロオロと戸惑っているかのように、「そんな!申し訳ないですわ!」と傍目からは遠慮しているように見えるだろうが、そのピンクブラウンの瞳には期待の色が滲んでいた。

「そうだなあ……でも私たちと一緒に食事をすると他のご令嬢たちから、あまり良く思われないんじゃないかな?」

「でしたら、書記として生徒会に入って頂くのはどうでしょう?アメリア嬢は成績も上位ですし、マルガレーテ嬢だけでは手が回らないこともありますし……。それなら、アメリア嬢が一緒に食事をしたとしても『生徒会役員だから』と正当な理由として説明が出来ます」

一人だけ————何の関わりもない令嬢を、皇族であるレイルの傍に置くわけにはいかない。

万が一、未だに婚約者のいないレイルやセドリックの婚約者候補だと勘違いされたら……とても面倒な事態になることが容易に予想出来る。

だが、アーサンのいうような理由があれば話は別だ。

確かに書記であるマルガレーテの仕事量は多く、一人で処理するには大変な時があることは事実だった。

……さすが普段から気難しい貴族たちと渡り合っている大商会子息なだけあり、周囲が納得しやすい理由付けを思い付くものだ。

……今回ばかりは余計ではあるが。

正当な理由付けである以上強固に反対することも出来ず……とりあえず『試用期間』を設け問題がなければ正式に役員へ任命する、ということになった。

昼食も『生徒会役員として親交を深めるためにも』と、ダリウスたちが必死に頼み、レイルは仕方なく苦笑しながら許可を出した。

ただ同じテーブルを囲むことになったとは言え、俺もレイルもブラウン伯爵令嬢に関わる気は毛頭ない。

レイルと視線だけで互いの考えを確認すると、さっさと食事を終え、適当な理由を付けてその場を後にした。

食堂から抜け出し先ほどまでのストレスからやっと解放された瞬間————どっと疲労感が襲って来た。

今はとにかく静かな場所へ行きたい————。

(あまり人がいない所がいいな……さて、どこにするか……)

場所を思案し始めた瞬間————脳裏にあの日のことが思い浮かんだ。

あの独特な空気感、そして彼女と初めて言葉を交わしたあの僅かな時間——ゆっくりと流れているような、あの日のことを————。

気付けば自然と足は図書室へ向かっていた————。

——————

図書室の扉を押し開き、あの日と同じように中に入る。

真っ直ぐ出会った本棚の所へ向かったが、その姿はなかった……。

(……まあ、そうだよな)

ほんの少しだけ期待してしまった分、胸に刺さっている棘がちくりと痛んだが、そんな都合のいいことがあるわけがない————と言い聞かせ、そのまま人が近寄らなそうな場所を探し始めた。

学院の図書室は蔵書量がかなり多い上、室内は思った以上に広い。

適当に歩き回っていると、禁帯出本や希少な資料が保管されている閉架書庫の前へ辿り着いた。

そこには図書室の中で唯一、大きな出窓が場所だった。

窓台は人が二人くらい座れるほどの広さがあり、俺はその場所を視界に入れた瞬間————時が止まったかのような錯覚に陥った————。

————そこには窓台の枠に少し寄りかかりながら座って本を読んでいるヴァレンシュタイン女子爵の姿があった。

(いた……)

本を読んでいるせいでアメジスト色の瞳が見えないのは残念だが、陽光を浴びたミルクティー色の髪はいつもよりも輝いて見えた。

その光景に見惚れて動けずにいると、ふと顔を上げたヴァレンシュタイン女子爵が俺へ視線を移した。

「ご機嫌よう。またお会い致しましたわね」

あの時と同じような笑顔、同じような温度が感じられない紫色の瞳、あの時と同じような鈴の音のような声がその場に響いた————。

「……ええ。また、お会い出来て嬉しいです……」

(上手い返し方が分からない……)

まるで社交の時に不特定多数に向けるような返答しか出て来ず、自分に少し落ち込む。

(せっかく会えたんだから、何か言わないと……)

「そこに……隣に、座ってもいいだろうか?」

一生懸命何とか捻り出した言葉に彼女は一瞬、きょとんとした表情を浮かべた後、にっこりと微笑み「ええ、どうぞ」と答えた。

必死に考えた結果こんな言葉しか出てこない自分に少しがっかりしたが、拒否されなかったことに少しほっとする。

少し距離を空けて静かに隣に腰を下ろすと、ヴァレンシュタイン女子爵は先ほどと同じように本を読み始めた。

俺は腕と足を組みながら柱に寄りかかると、そっと目を閉じた。

互いに何か話すわけでもなく、時々彼女のページを捲る音がするだけの静かな時間が流れている————。

窓から入る陽光がぽかぽかと暖かく感じるのと同時に、俺の胸の中も温かくなった気がした————。

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